Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

-件のコメント

コメントの投稿

新規

投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

焼津旧港キャンドルナイト6

20070902133224
9月1日、この夜のメインゲストは、第五福龍丸の機関長だった見崎さん。そのお話は、わたしには、切なく衝撃的だった、、。

53年前、ビキニでアメリカの核実験による死の灰を浴びた
第5副龍丸、、その機関長だった見崎さんが当時の事を語ってくださった。
語り終わった後、聞き手役の清水さん(佃煮やさん)は質問した、、。

清水 「見崎さんが、50年の間 沈黙を守ってらしたのは、、、?」
見崎 「、、焼津の衆に、、『心配』をかけた、『迷惑』をかけた、
    『損害』をかけた、、、」

死の灰を浴び焼津港に入港した第5副龍丸、、、原爆まぐろ、、今で言う「風評被害」で焼津の魚は売れなくなり漁業関係従事者は苦境にたたされた。
でも、焼津っ子はがんばった!みんなで乗り越えてきて今がある!と、話す清水さん、

清水「焼津の若い衆に 期待することは。。?」(違ってたらごめん)
見先「この 跡地に何十・何百億かけた『日本の漁業歴史資料館?』をつくって
   ほしいなあ、、。そして、見晴らしのいい3階には、おいしい魚料理が
   食べられるレストラン!それが、出来たらええなあ」
 、、と、熱く語る見崎さん。

清水 「今、東京・夢の島にある、第5副龍丸を焼津にもどすことについては?」
見崎 「、、、、あれは、東京にある方が、、いい、。お金もかかるし、、、。
    あのまま、東京に、、」

見崎さんの複雑な思いを、多くの人が感じた、、。涙ぐむ人もいた。
あの時ビキニにいかなければ、、いや!日本政府はアメリカから核実験の連絡を
受けていた筈、、、あれは人災なのだ。 見崎さん達にはなんの落ち度もない。
この50数年、私の想像つかない事が多く見崎さんたちの身の上に起きたことでしょう。 でも、そのお顔は穏やかでやさしい、、。そしていつも笑顔だ。

  見崎さん どうぞ いつまでもお達者で、、!!
スポンサーサイト

0件のコメント

コメントの投稿

新規

投稿した内容は管理者にだけ閲覧出来ます

Appendix

Recent Trackbacks

Extra

最近の記事

プロフィール

ごとう和

Author:ごとう和
漫画家生活30年を超えた『ごとう和』の作品紹介と近況をお知らせするブログです!

07.1月よりの来訪者様

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。